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考え抜いても結論が出なければ
「好き嫌い」で決めていい
– by 羽生善治 (via shouichiondemand)

(via rcxtester)

冷凍したお肉を調理する際にはまず最初に「自然解凍」を行うのが半ば常識とされていますが、理論的に突き詰められた調理方法によると、じつは冷凍したまま調理を行った方がよりよい仕上がりになるということがYouTubeの料理番組チャンネルで紹介されています。
日本人の多くは、もっと稼ごうと思ったら、たいてい二つのことしか思いつきません。それは、「一生懸命がんばる」ことと、「資格を取ること」です。どうして、みんなこの二つしか思いつかないのか不思議です。
ワシが好かんのは、この世に「失礼」をたくさん増やして居心地悪くしている連中だ。マナーってのはお互いが心地よくいるためのものであって、無意味で疲れるだけの気遣いを増やすのは馬鹿のやることだ。
– (via tokunious)

2014-02-18

(via mmtki)

(via muhuhu)

僕は、若いころの一時期、ほとんどおかしくなったように父の理由をさがしたことがある。けれども特別なことは何もなかった。わからなかった。わかるはずもない。本人がいないのだから。死人に口なしだ。そして気付いたのは、そういう理由探しは、受け入れ、悲しみを薄くさせる儀式という意味以外の意味はほとんどなかったということだ。それに気付いてしまうと、自殺というだけで、その方法や場所やエトセトラから死者はどれだけ人生に絶望し命を絶ったか、残された家族が何か重いものを背負って死者の分までも生きているか、そんなストーリーを勝手に想像し、捏造し、押し付けてくる人、押し付ける人をみると、それが僕の周りの人間であれ、有名人の自殺を報じるマスコミであれ、ひどくムカついてしまう。ホント、当事者でもない周りの部外者は、ふーん大変だねー、くらいに自然に報道や連絡に接して、受け入れてほしい。まあ、最初はショッキングなのはわかるけれども。
近頃の人は、怒らぬことをもって知識人であるとしたり、 人格の奥行きと見せかけたりしているが、
そんな老成ぶった振る舞いを若い奴らが真似するに至っては言語道断じゃ。若い者は、怒らにゃいかん。もっと怒れ、もっと怒れ。
by吉川英治(1892-1962:作家:『宮本武蔵』)
しかし、3人の子供たちに遺すお金は、早いうちから、別個に用意していた。TMZ.comによると、2009年に特別の口座を作るにあたり、子供たちが浪費することを心配したウィリアムズは、「21歳になった時、自分の分け前のうちの3分の1を使っていい。25歳で残りの半分、30歳で残り全部に手を出していい」という条件をつけたそうだ。ウィリアムズの子供は31歳、25歳、22歳。口座にいくらのお金が入っているか、また、子供たちがいくら使ったのかは、明らかになっていない。
「ネガティブなものを送ってくる方々には、イタズラ好きの父が鳩の群れをあなたの家に送っていることをお知らせします。あなたの車にフンをするためです。それもあなたが洗車した直後に。要は父は笑うことが大好きだったのです」と、気丈にユーモアで切り返し、父の遺志に応えてみせた。
 ロビンさんを数回にわたり取材したロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト・猿渡由紀氏もその1人だ。

「サービス精神旺盛な人で、1個質問するとジョークから始まって異常なくらいのハイテンションでまくしたてる。それはまるで、彼のショーを見るかのように楽しませてくれた。取材は面白いが原稿には使いづらいことも多く、ライター泣かせでした」

 こんな徹底したコメディアン魂を存分に発揮する一方で「本音を見せない人だった。“コメディアンには暗い部分がある”といわれるが、ある意味でそれを感じさせるところがあり、ライターの間では、ロビン氏の自殺は“それほど驚きではない”という声も上がっているほど」と猿渡氏は明かした。

…さて、ここまでの話に、
前回の最後の話が出てこなかったことを不審に思った人がいるかもしれない。

現在のボツワナの主要な問題の一つ…後天性免疫不全症候群(AIDS)である。

しかし、
1993年から1994年ごろに書かれた地理の本が1の手元にいくつかあるのだが、
どの本を読んでもボツワナの項に、エイズに関する記載がまったくない。

それどころか、

http://sadcblog.files.wordpress.com/2011/11/bnf-1994-manifesto-botswana.pdf

94年選挙のボツワナ国民戦線の選挙スローガンにすら、
エイズを扱った部分はないのだ。
攻撃材料として、これほど格好のものはないはずなのに。

これらの資料が指し示す状況はひとつしかない。
そう、1994年の時点において、
「ボツワナにおけるエイズは重大な問題とは全く認識されていなかった」。

エイズが公式に確認されたのは、1980年代はじめのアフリカ中部においてである。

1980年代中盤にはウガンダなどアフリカ中部で猛威を振るい、
その後徐々に南下をはじめ、
1985年にボツワナでも最初の患者が確認される。

ブラックアフリカにおけるエイズ流行の特徴は、
異性間の性交渉による感染がほとんどだということである。

エイズは感染力が弱いため、通常の性交での感染率はさほど高くない。
そのため、他大陸では行為時に傷のつきやすい同性間での感染率が高いのだ。

それが異性間での感染が圧倒的ということは、
実態が明るみに出る前にすでに広範囲に広がってしまい、
気がついた時にはもはやどうにもならなくなっていたということを意味している。

エボラ出血熱と違い、
エイズは潜伏期間が非常に長い。

短い場合でも2年、長い場合では20年以上などというケースも珍しくない。

そして発症までの時間は、患者本人の健康状態によって大きく左右される。
栄養状態のいい先進国の患者は発症まで10年以上かかるのが普通だが、
アフリカ諸国では5年程度で発症してしまう。

とはいえ、無症状の期間が平均5年も続くのだ。
人々は、自分で全く気付かないままに、
エイズを広め続けることになってしまった。

さらに、エイズは体内でも母乳でも母子感染する。
そして、エイズにかかって生まれた子供は、
当然長生きすることは難しい。

こうして、乳児死亡率が急上昇し、
これにともなって平均寿命も急落した。

さらにまずいことに、エイズというのは性病である。
そして性行為を盛んに行う年齢とは、
すなわち最も生産性の高い年齢である。

こうして、10代後半から40代前半の、
生産人口の中核がごそっといなくなってしまった。

そして生産人口がいなくなるということは、
彼らの子供の多くが孤児となることを意味していた。

彼らを支援するために、
少ない社会福祉費がさらに圧迫される。

こうして事態はさらに悪化の一途をたどった。

ボツワナもそうだが、
ブラックアフリカは全般的に性的モラルは緩い。
それ自体は文化なので良し悪しの話ではないのだが、
エイズの流行に関しては最悪の結果をもたらした。

そして、この状況が最もよくあてはまったのはボツワナだった。

1994年段階で、実は感染率は相当高かったはずである。
しかし、ボツワナは国民の栄養状態もよく、
流行が始まってもしばらく大量死の兆しはなかった。

しかしこのころになるとさすがに少しずつ実態が明るみに出始め、
現状を危惧した政府が調査を行った。

その結果…

ボツワナ全人口の、実に20%以上がエイズに感染しているっていう!
平均寿命は5年縮んだっていう!
こ、こ、こんなん、どうすりゃいいんだっていう!!!1!!

明るみに出た実態に、
ボツワナ政府は驚愕した。

ボツワナの平均寿命は、1992年には63才であり、アフリカでもっとも寿命の長い国の一つだった。

しかし、1991年に推定5%程度だったエイズ感染率は、
爆発的な感染増加によって
1996年には20%を越えてしまう。

この傾向はさらに続き、2001年には、罹患率は38%を超え、
平均寿命は49歳になっていた。
実に、15年の寿命短縮である。

音もなく忍び寄ったエイズは、
ボツワナの根幹を揺るがしつつあったのだ。

エイズはウイルスが急速に変化する特性があるため、
特効薬の開発には非常に時間がかかった。
ある形態では効いても、別の形態では効かない、
そんなことの繰り返しだったのだ。

そのため、1980年代においては不治の病とさえされていた。

しかし1990年代に入ると、莫大な研究開発費をかけたアメリカの製薬会社によって、
遂に1996年、画期的な治療法が開発される。

これにより、初めてエイズはコントロール可能な病気となった。

しかし会社としては莫大な開発費を回収し、さらに利益を上げねばならなかったため、
特効薬の価格は目の玉の飛び出るようなものとなっていたのだ。

当然ながら、ボツワナにそんな額が出せるはずはなかった。

かくして、ボツワナのエイズ対策はしばらく対症療法のみに終始する。

ボツワナの官僚機構も、この件に関しては無力だった。

いくら官僚が有能と言えど、
進むべき方向が決まっていなくてはどうすることもできない。
官僚は基本的に道具でしかないのだ。


こうして、ボツワナでは急速にエイズが蔓延していった。

考え抜いても結論が出なければ
「好き嫌い」で決めていい
– by 羽生善治 (via shouichiondemand)

(via rcxtester)

冷凍したお肉を調理する際にはまず最初に「自然解凍」を行うのが半ば常識とされていますが、理論的に突き詰められた調理方法によると、じつは冷凍したまま調理を行った方がよりよい仕上がりになるということがYouTubeの料理番組チャンネルで紹介されています。
日本人の多くは、もっと稼ごうと思ったら、たいてい二つのことしか思いつきません。それは、「一生懸命がんばる」ことと、「資格を取ること」です。どうして、みんなこの二つしか思いつかないのか不思議です。
ワシが好かんのは、この世に「失礼」をたくさん増やして居心地悪くしている連中だ。マナーってのはお互いが心地よくいるためのものであって、無意味で疲れるだけの気遣いを増やすのは馬鹿のやることだ。
– (via tokunious)

2014-02-18

(via mmtki)

(via muhuhu)

僕は、若いころの一時期、ほとんどおかしくなったように父の理由をさがしたことがある。けれども特別なことは何もなかった。わからなかった。わかるはずもない。本人がいないのだから。死人に口なしだ。そして気付いたのは、そういう理由探しは、受け入れ、悲しみを薄くさせる儀式という意味以外の意味はほとんどなかったということだ。それに気付いてしまうと、自殺というだけで、その方法や場所やエトセトラから死者はどれだけ人生に絶望し命を絶ったか、残された家族が何か重いものを背負って死者の分までも生きているか、そんなストーリーを勝手に想像し、捏造し、押し付けてくる人、押し付ける人をみると、それが僕の周りの人間であれ、有名人の自殺を報じるマスコミであれ、ひどくムカついてしまう。ホント、当事者でもない周りの部外者は、ふーん大変だねー、くらいに自然に報道や連絡に接して、受け入れてほしい。まあ、最初はショッキングなのはわかるけれども。
近頃の人は、怒らぬことをもって知識人であるとしたり、 人格の奥行きと見せかけたりしているが、
そんな老成ぶった振る舞いを若い奴らが真似するに至っては言語道断じゃ。若い者は、怒らにゃいかん。もっと怒れ、もっと怒れ。
by吉川英治(1892-1962:作家:『宮本武蔵』)
しかし、3人の子供たちに遺すお金は、早いうちから、別個に用意していた。TMZ.comによると、2009年に特別の口座を作るにあたり、子供たちが浪費することを心配したウィリアムズは、「21歳になった時、自分の分け前のうちの3分の1を使っていい。25歳で残りの半分、30歳で残り全部に手を出していい」という条件をつけたそうだ。ウィリアムズの子供は31歳、25歳、22歳。口座にいくらのお金が入っているか、また、子供たちがいくら使ったのかは、明らかになっていない。
「ネガティブなものを送ってくる方々には、イタズラ好きの父が鳩の群れをあなたの家に送っていることをお知らせします。あなたの車にフンをするためです。それもあなたが洗車した直後に。要は父は笑うことが大好きだったのです」と、気丈にユーモアで切り返し、父の遺志に応えてみせた。
 ロビンさんを数回にわたり取材したロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト・猿渡由紀氏もその1人だ。

「サービス精神旺盛な人で、1個質問するとジョークから始まって異常なくらいのハイテンションでまくしたてる。それはまるで、彼のショーを見るかのように楽しませてくれた。取材は面白いが原稿には使いづらいことも多く、ライター泣かせでした」

 こんな徹底したコメディアン魂を存分に発揮する一方で「本音を見せない人だった。“コメディアンには暗い部分がある”といわれるが、ある意味でそれを感じさせるところがあり、ライターの間では、ロビン氏の自殺は“それほど驚きではない”という声も上がっているほど」と猿渡氏は明かした。

…さて、ここまでの話に、
前回の最後の話が出てこなかったことを不審に思った人がいるかもしれない。

現在のボツワナの主要な問題の一つ…後天性免疫不全症候群(AIDS)である。

しかし、
1993年から1994年ごろに書かれた地理の本が1の手元にいくつかあるのだが、
どの本を読んでもボツワナの項に、エイズに関する記載がまったくない。

それどころか、

http://sadcblog.files.wordpress.com/2011/11/bnf-1994-manifesto-botswana.pdf

94年選挙のボツワナ国民戦線の選挙スローガンにすら、
エイズを扱った部分はないのだ。
攻撃材料として、これほど格好のものはないはずなのに。

これらの資料が指し示す状況はひとつしかない。
そう、1994年の時点において、
「ボツワナにおけるエイズは重大な問題とは全く認識されていなかった」。

エイズが公式に確認されたのは、1980年代はじめのアフリカ中部においてである。

1980年代中盤にはウガンダなどアフリカ中部で猛威を振るい、
その後徐々に南下をはじめ、
1985年にボツワナでも最初の患者が確認される。

ブラックアフリカにおけるエイズ流行の特徴は、
異性間の性交渉による感染がほとんどだということである。

エイズは感染力が弱いため、通常の性交での感染率はさほど高くない。
そのため、他大陸では行為時に傷のつきやすい同性間での感染率が高いのだ。

それが異性間での感染が圧倒的ということは、
実態が明るみに出る前にすでに広範囲に広がってしまい、
気がついた時にはもはやどうにもならなくなっていたということを意味している。

エボラ出血熱と違い、
エイズは潜伏期間が非常に長い。

短い場合でも2年、長い場合では20年以上などというケースも珍しくない。

そして発症までの時間は、患者本人の健康状態によって大きく左右される。
栄養状態のいい先進国の患者は発症まで10年以上かかるのが普通だが、
アフリカ諸国では5年程度で発症してしまう。

とはいえ、無症状の期間が平均5年も続くのだ。
人々は、自分で全く気付かないままに、
エイズを広め続けることになってしまった。

さらに、エイズは体内でも母乳でも母子感染する。
そして、エイズにかかって生まれた子供は、
当然長生きすることは難しい。

こうして、乳児死亡率が急上昇し、
これにともなって平均寿命も急落した。

さらにまずいことに、エイズというのは性病である。
そして性行為を盛んに行う年齢とは、
すなわち最も生産性の高い年齢である。

こうして、10代後半から40代前半の、
生産人口の中核がごそっといなくなってしまった。

そして生産人口がいなくなるということは、
彼らの子供の多くが孤児となることを意味していた。

彼らを支援するために、
少ない社会福祉費がさらに圧迫される。

こうして事態はさらに悪化の一途をたどった。

ボツワナもそうだが、
ブラックアフリカは全般的に性的モラルは緩い。
それ自体は文化なので良し悪しの話ではないのだが、
エイズの流行に関しては最悪の結果をもたらした。

そして、この状況が最もよくあてはまったのはボツワナだった。

1994年段階で、実は感染率は相当高かったはずである。
しかし、ボツワナは国民の栄養状態もよく、
流行が始まってもしばらく大量死の兆しはなかった。

しかしこのころになるとさすがに少しずつ実態が明るみに出始め、
現状を危惧した政府が調査を行った。

その結果…

ボツワナ全人口の、実に20%以上がエイズに感染しているっていう!
平均寿命は5年縮んだっていう!
こ、こ、こんなん、どうすりゃいいんだっていう!!!1!!

明るみに出た実態に、
ボツワナ政府は驚愕した。

ボツワナの平均寿命は、1992年には63才であり、アフリカでもっとも寿命の長い国の一つだった。

しかし、1991年に推定5%程度だったエイズ感染率は、
爆発的な感染増加によって
1996年には20%を越えてしまう。

この傾向はさらに続き、2001年には、罹患率は38%を超え、
平均寿命は49歳になっていた。
実に、15年の寿命短縮である。

音もなく忍び寄ったエイズは、
ボツワナの根幹を揺るがしつつあったのだ。

エイズはウイルスが急速に変化する特性があるため、
特効薬の開発には非常に時間がかかった。
ある形態では効いても、別の形態では効かない、
そんなことの繰り返しだったのだ。

そのため、1980年代においては不治の病とさえされていた。

しかし1990年代に入ると、莫大な研究開発費をかけたアメリカの製薬会社によって、
遂に1996年、画期的な治療法が開発される。

これにより、初めてエイズはコントロール可能な病気となった。

しかし会社としては莫大な開発費を回収し、さらに利益を上げねばならなかったため、
特効薬の価格は目の玉の飛び出るようなものとなっていたのだ。

当然ながら、ボツワナにそんな額が出せるはずはなかった。

かくして、ボツワナのエイズ対策はしばらく対症療法のみに終始する。

ボツワナの官僚機構も、この件に関しては無力だった。

いくら官僚が有能と言えど、
進むべき方向が決まっていなくてはどうすることもできない。
官僚は基本的に道具でしかないのだ。


こうして、ボツワナでは急速にエイズが蔓延していった。

"考え抜いても結論が出なければ
「好き嫌い」で決めていい"
"冷凍したお肉を調理する際にはまず最初に「自然解凍」を行うのが半ば常識とされていますが、理論的に突き詰められた調理方法によると、じつは冷凍したまま調理を行った方がよりよい仕上がりになるということがYouTubeの料理番組チャンネルで紹介されています。"
"日本人の多くは、もっと稼ごうと思ったら、たいてい二つのことしか思いつきません。それは、「一生懸命がんばる」ことと、「資格を取ること」です。どうして、みんなこの二つしか思いつかないのか不思議です。"
"ワシが好かんのは、この世に「失礼」をたくさん増やして居心地悪くしている連中だ。マナーってのはお互いが心地よくいるためのものであって、無意味で疲れるだけの気遣いを増やすのは馬鹿のやることだ。"
"僕は、若いころの一時期、ほとんどおかしくなったように父の理由をさがしたことがある。けれども特別なことは何もなかった。わからなかった。わかるはずもない。本人がいないのだから。死人に口なしだ。そして気付いたのは、そういう理由探しは、受け入れ、悲しみを薄くさせる儀式という意味以外の意味はほとんどなかったということだ。それに気付いてしまうと、自殺というだけで、その方法や場所やエトセトラから死者はどれだけ人生に絶望し命を絶ったか、残された家族が何か重いものを背負って死者の分までも生きているか、そんなストーリーを勝手に想像し、捏造し、押し付けてくる人、押し付ける人をみると、それが僕の周りの人間であれ、有名人の自殺を報じるマスコミであれ、ひどくムカついてしまう。ホント、当事者でもない周りの部外者は、ふーん大変だねー、くらいに自然に報道や連絡に接して、受け入れてほしい。まあ、最初はショッキングなのはわかるけれども。"
"近頃の人は、怒らぬことをもって知識人であるとしたり、 人格の奥行きと見せかけたりしているが、
そんな老成ぶった振る舞いを若い奴らが真似するに至っては言語道断じゃ。若い者は、怒らにゃいかん。もっと怒れ、もっと怒れ。
by吉川英治(1892-1962:作家:『宮本武蔵』)
"
"しかし、3人の子供たちに遺すお金は、早いうちから、別個に用意していた。TMZ.comによると、2009年に特別の口座を作るにあたり、子供たちが浪費することを心配したウィリアムズは、「21歳になった時、自分の分け前のうちの3分の1を使っていい。25歳で残りの半分、30歳で残り全部に手を出していい」という条件をつけたそうだ。ウィリアムズの子供は31歳、25歳、22歳。口座にいくらのお金が入っているか、また、子供たちがいくら使ったのかは、明らかになっていない。"
"「ネガティブなものを送ってくる方々には、イタズラ好きの父が鳩の群れをあなたの家に送っていることをお知らせします。あなたの車にフンをするためです。それもあなたが洗車した直後に。要は父は笑うことが大好きだったのです」と、気丈にユーモアで切り返し、父の遺志に応えてみせた。"
" ロビンさんを数回にわたり取材したロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト・猿渡由紀氏もその1人だ。

「サービス精神旺盛な人で、1個質問するとジョークから始まって異常なくらいのハイテンションでまくしたてる。それはまるで、彼のショーを見るかのように楽しませてくれた。取材は面白いが原稿には使いづらいことも多く、ライター泣かせでした」

 こんな徹底したコメディアン魂を存分に発揮する一方で「本音を見せない人だった。“コメディアンには暗い部分がある”といわれるが、ある意味でそれを感じさせるところがあり、ライターの間では、ロビン氏の自殺は“それほど驚きではない”という声も上がっているほど」と猿渡氏は明かした。"
"

…さて、ここまでの話に、
前回の最後の話が出てこなかったことを不審に思った人がいるかもしれない。

現在のボツワナの主要な問題の一つ…後天性免疫不全症候群(AIDS)である。

しかし、
1993年から1994年ごろに書かれた地理の本が1の手元にいくつかあるのだが、
どの本を読んでもボツワナの項に、エイズに関する記載がまったくない。

それどころか、

http://sadcblog.files.wordpress.com/2011/11/bnf-1994-manifesto-botswana.pdf

94年選挙のボツワナ国民戦線の選挙スローガンにすら、
エイズを扱った部分はないのだ。
攻撃材料として、これほど格好のものはないはずなのに。

これらの資料が指し示す状況はひとつしかない。
そう、1994年の時点において、
「ボツワナにおけるエイズは重大な問題とは全く認識されていなかった」。

エイズが公式に確認されたのは、1980年代はじめのアフリカ中部においてである。

1980年代中盤にはウガンダなどアフリカ中部で猛威を振るい、
その後徐々に南下をはじめ、
1985年にボツワナでも最初の患者が確認される。

ブラックアフリカにおけるエイズ流行の特徴は、
異性間の性交渉による感染がほとんどだということである。

エイズは感染力が弱いため、通常の性交での感染率はさほど高くない。
そのため、他大陸では行為時に傷のつきやすい同性間での感染率が高いのだ。

それが異性間での感染が圧倒的ということは、
実態が明るみに出る前にすでに広範囲に広がってしまい、
気がついた時にはもはやどうにもならなくなっていたということを意味している。

エボラ出血熱と違い、
エイズは潜伏期間が非常に長い。

短い場合でも2年、長い場合では20年以上などというケースも珍しくない。

そして発症までの時間は、患者本人の健康状態によって大きく左右される。
栄養状態のいい先進国の患者は発症まで10年以上かかるのが普通だが、
アフリカ諸国では5年程度で発症してしまう。

とはいえ、無症状の期間が平均5年も続くのだ。
人々は、自分で全く気付かないままに、
エイズを広め続けることになってしまった。

さらに、エイズは体内でも母乳でも母子感染する。
そして、エイズにかかって生まれた子供は、
当然長生きすることは難しい。

こうして、乳児死亡率が急上昇し、
これにともなって平均寿命も急落した。

さらにまずいことに、エイズというのは性病である。
そして性行為を盛んに行う年齢とは、
すなわち最も生産性の高い年齢である。

こうして、10代後半から40代前半の、
生産人口の中核がごそっといなくなってしまった。

そして生産人口がいなくなるということは、
彼らの子供の多くが孤児となることを意味していた。

彼らを支援するために、
少ない社会福祉費がさらに圧迫される。

こうして事態はさらに悪化の一途をたどった。

ボツワナもそうだが、
ブラックアフリカは全般的に性的モラルは緩い。
それ自体は文化なので良し悪しの話ではないのだが、
エイズの流行に関しては最悪の結果をもたらした。

そして、この状況が最もよくあてはまったのはボツワナだった。

1994年段階で、実は感染率は相当高かったはずである。
しかし、ボツワナは国民の栄養状態もよく、
流行が始まってもしばらく大量死の兆しはなかった。

しかしこのころになるとさすがに少しずつ実態が明るみに出始め、
現状を危惧した政府が調査を行った。

その結果…

ボツワナ全人口の、実に20%以上がエイズに感染しているっていう!
平均寿命は5年縮んだっていう!
こ、こ、こんなん、どうすりゃいいんだっていう!!!1!!

明るみに出た実態に、
ボツワナ政府は驚愕した。

ボツワナの平均寿命は、1992年には63才であり、アフリカでもっとも寿命の長い国の一つだった。

しかし、1991年に推定5%程度だったエイズ感染率は、
爆発的な感染増加によって
1996年には20%を越えてしまう。

この傾向はさらに続き、2001年には、罹患率は38%を超え、
平均寿命は49歳になっていた。
実に、15年の寿命短縮である。

音もなく忍び寄ったエイズは、
ボツワナの根幹を揺るがしつつあったのだ。

エイズはウイルスが急速に変化する特性があるため、
特効薬の開発には非常に時間がかかった。
ある形態では効いても、別の形態では効かない、
そんなことの繰り返しだったのだ。

そのため、1980年代においては不治の病とさえされていた。

しかし1990年代に入ると、莫大な研究開発費をかけたアメリカの製薬会社によって、
遂に1996年、画期的な治療法が開発される。

これにより、初めてエイズはコントロール可能な病気となった。

しかし会社としては莫大な開発費を回収し、さらに利益を上げねばならなかったため、
特効薬の価格は目の玉の飛び出るようなものとなっていたのだ。

当然ながら、ボツワナにそんな額が出せるはずはなかった。

かくして、ボツワナのエイズ対策はしばらく対症療法のみに終始する。

ボツワナの官僚機構も、この件に関しては無力だった。

いくら官僚が有能と言えど、
進むべき方向が決まっていなくてはどうすることもできない。
官僚は基本的に道具でしかないのだ。


こうして、ボツワナでは急速にエイズが蔓延していった。

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